靴は、数ミリのサイズの違いで履き心地がまったく変わってしまうほど繊細なアイテムです。ご自分で測るより、専門店や百貨店の靴売り場でシューフィッターにきちんと測ってもらうことをお薦めします。また、足長のサイズも、国によって表記が異なります。日本は「cm」、アメリカやイギリスでは「インチ」で表記されるのが一般的です。またフランスやイタリアでもサイズ表記は異なり、さらには同じインチでもイギリスの「UKインチ」とアメリカの「USインチ」では微妙に大きさが異なるのです。靴売り場に行けばさまざまな国の靴が売られていますので、ご参考までに「センチメートル表記」との対応表を載せておきますが、これはあくまで参考として、実際にサイズを測ることを忘れないでください。
友人と二人でアンティーク屋さん巡りをした。アンティークで本を一冊まとめたいと思っているのでその下準備だ。見るのは大好きだけど困るのが買い心、どうもショッピング欲が抑えられない。「こんなにいろいろ回ったら、どうしても何か一つ買わずにはいられないわ」買いたいものは何万円もする高いものばかり。六個七万五千円の古伊万里のお茶碗、九万円のアフリカのすごく大きな黄色い布、値段は覚えていないけれどかなり高価だった更紗の布、どれもこれも手が出ない。「あれ、この布アフリカのものらしいけど一万二千円、いいなあ、この素朴な感じ、これなら買えるわ」「本のためにいちいち買っていたら大変よ」友人はアンティークの本の編集担当者だ。気を使ってくれる。「違うのよ、自分が欲しいから、それに仕事にも使えるのだし、いいわこの布」そういっているうち本当に気に入ってしまった。生成りの手織りで、縁に黒で幾何学模様の縫い取りがある。テーブルクロスに良さそう、ソファにかけるのもいいかな、明るい感じだから夏に向けてのナチュラルな部屋作りにひと役買ってくれそうだ。買うことへの言い訳かもしれないが、実際にこの目で見て触れて、いろんな角度から使ってみる、そうしないとものの核心に迫れない。ファッションもそうだけどインテリアの雑貨も同じ。買ってきたクロスをテーブルにかけてみた。テーブルの下の籐のカゴ、カゴの中には毛糸玉のセット。昨年の秋、友人とビースワークブランケットを作ろう、とわくわく買ったもの。ビニール袋から出してもいないまま、大急ぎで作っても使う頃は季節が拒否をする。こういうところを改めなければ、と自分の頭を一つコツンとぶってやりました。
現代の目から見ると、上下同素材の服のほうが上下別素材の服よりも格上に見えるものだが(だから下を縞ズボンで合わせる「ディレクターズ・スーツ」のステイタスがなかなか認められない)、三本の縫い目で事足りるという簡略さ、しかも上下同素材で作ってしまえるという手軽さが、当時の目には手抜きと映ったのであろうか。とはいえ、このようなTPOのルールはあくまで上流階級(似非も含む)のファッションのレベルの話。その他大勢のあらゆる一般大衆が着るフォーマルーウェア(といっても目曜祭時などに着る晴れ着)として着られていたのは、三揃いの黒いラウンジ型スーツだったのである。ラウンジ型が大量生産の既製服に最も適していることを思えば、この現象もあながち不思議ではない。とりわけ、テイラーの絶対数が少なかったアメリカにおいて、ラウンジ型スーツの既製版は下層階級の晴れ着としてまたたく間に普及していった。